2008年01月16日

みなさんチヂミをしってますか?

チヂミといっても、「縮み」ではありません。
韓国料理のチヂミです。
小生全く知りませんでした。
「えー知らんのぉ?」を家内に言われました。最近スーパーでは、お好み粉ならぬ「チヂミ粉」があるそうです。
詳しくは、wikipediaをご覧ください。
職場のスタッフにも同様のリアクションをされました。
Webで検索するとチヂミ情報はいっぱいありました。私は、以前東京に住んでいたので、「もんじゃ焼き」は食べたことがあるのですが、チヂミはお目にかかったことがありません。
ところが、件の職場のスタッフには、チヂミのたれまで冷蔵庫に常備しているとのことです。かなり食通のお家ではあるが、そこまで浸透しているのでしょうか?
それとも、単に小生が世間の食文化に無知なのか?

2006年09月22日

今日は、上郷くらしを守る会の松原氏に会う

植村直己の郷は、今危機にある。

コウノトリに舞い上がり、我を忘れた首長は、市内の一部にコウノトリを囲い込み、最後の営巣地である上郷に巨大なごみ焼却炉をつくろうとしている。

2006年04月12日

植村直己の故郷どうなる。ゴミの集積場と化すか?

世界の冒険家で、国民栄誉賞をもらった植村直己をご存知でしょうか?

彼の故郷が危機です。世界の「冒険野郎」のみなさんどうか助けてください。

彼の故郷は、旧:城崎郡日高町上郷というところです。平成の大合併で、あのコウノトリで有名になった豊岡市になりました(実はもともとコウノトリは上郷にけっこういたとのことである---つまりかなり田舎である)。



新豊岡市は、その隣接、香美町、新温泉町のゴミをかき集め、自然をもっとも愛した植村直己のふるさとに、広域ごみ・汚泥処理施設の建設がすすめられようとしています。



里山風景がきれいな上郷に、大規模ゴミ焼却場が作られようとしている。コウノトリを野生回帰を推進してる「表」のさわやかなイメージ戦略とは、別に里山に人目を避けて大規模ゴミ処理場を作ろうとしているのが、豊岡という田舎の行政である。



地方も町の空洞化が起こり、旧豊岡市の商店街は、衰退はなはだしい。このちに用途地域を変更し、ゴミ処理施設(これを「熱回収施設」と呼ぶ)を建設し、ゴミ減量を考えるモニュメントのような施設にすれば良いのではないだろうか? 本当に「熱回収施設」にするなら、そこにその熱を利用した健康ランドやテーマパークを作ればよいではないか?

それこそ、コウノトリの郷にふさわしい行政の英断である。



用途地域変更してまで、旧市街地にゴミ処理施設を作るようにするのにコストがかかりすぎるなら、それを本当に「熱回収施設」と立案し、健康ランドやテーマパークを併設し、商業地域の再開発といったまさに循環型社会のモデル施設として「作文」をつくるのが、公務員の仕事であり、地方を輝かせる行政の長としての仕事である。



右に習えの過疎地の中の過疎エリア犠牲型の典型的地方行政を行う技量しかないのかと思うと、中貝宗治市長も単に「弁舌さわやかだけか」と思ってしまい逆にむなしくなる。



中貝氏に田舎侍の気概を持ってほしいものである。


2006年04月10日

自転車は安くなった。だから子供は...

我が家の子供が自転車に乗れた。

真剣に練習し始めてほんの1週間である。



ちなみに私は、自転車になかなか乗れなかった。

初めて親に与えられた自転車は24インチであった。

当時、30数年前でも、1万円はしたと母はいう。



今年、愚息に与えた自転車は2万3千円である。

ホームセンターには、1万円程度のものもあるが、近所の昔ながらの自転車屋さんで購入した。自転車屋さんが、車屋さんのような存在だったころからある自転車屋さんである。やはり、ホームセンターで購入するより、メンテナンス面では安心である。そこそこのものを購入し、プロにメンテナンスしてもらって長く使う。そんな時代はもう終わったのかも知れないが。。。



ところで、サイズは、22インチ。



やはり、サイズがあっていると乗れるようになるのも早い。

昔は、高価な品物だったので、少し大きめを購入したのだと思うが、今は、サイズが小さくなれば、十分に次を買い換えてやれるようような価格である。うちには幸い下に兄弟がいるので、まさにジャストサイズを与えることができたのかも知れない。



昔は、自動車のように自転車もちゃんと中古市場がなりたっていたが、今はほとんど使い捨てである。ゴミが増える一方で、プロの自転車屋さんはどんどんなくなる。なんと無駄なことだろう。


2006年02月03日

植村直己の郷で初の節分

去年、年末に引っ越した。

実際すみ始めたのは、大雪の1月からである。

場所は、兵庫県北部の豊岡市日高町上郷(かみのごう)である。



そう。

上郷とは、植村直己の生誕地である。

そして、植村が育った上郷の気多神社の節分を体験した。



純白の雪の中の神社である。



神社にはかがり火があり、お酒を酌み交す声が聞こえる。

境内には、献酒があり、大豆を包んだ小さな包みがお供えしてあった。

おそらく、この風景は何十年と変わらないに違いない。



18歳まで同じ日高町で育ち、20数年都会で過ごした。



「東京でどこの生まれですか?」

と聞かれると兵庫の北部です。

「う...冒険家の植村直己の生誕地です」と答えていた。



そして、植村直己の生誕地の借家であるが居を構えた。



もう一度、都会に帰りたいと思う気持ちと、3人の子供をもち、深々と降る雪と淡々とながれる時間を少年時代に経験させることも良いかと思う気持ちにもなってきた。都会にいたとき、自分が中心にいる感覚によっていたような気がする。ここでは、ホリエモンも構造計算問題も遠い世界の話である。



元、技術者として思う。



我々技術者は、どこを向いて仕事をしてきたのだろうか?それは、自明であるが、その向いていたところが、「すべてだ」と誤解していなかっただろうか?



淡々と過ぎ行く「空気」を大事にし、それを甘受かつ享受している人たちがいる。淡々とそしてあきることなく使い続ける「道具」としてのシステムを提供できないのだろうか? 日本の原風景に溶け込むシステム(あらゆる道具)が、この原風景の中で創れないだろうか?



「生活」は都会だけではない。



年を取ったのかもしれない。

だだ、市井の民の技にも、「美」があることを今一度思い出したいものである。日常雑器となりえるこなれた「器」として何を提供すれば良いか模索したいものである。


2005年11月16日

ロハスなお歳暮 但馬の郷(植野仁志氏)

出石(これで「いずし」と読む)に、頑固な「燻製屋」がある。

確か、食品会社のサラリーマンから転進。国際コンクールで賞をとるほどのハム職人が居る。

郷里である出石という小京都に工房がある。蕎麦でちょっと有名な街であるが、ハムもおいしいのである。



職人社長、植野仁志氏は二枚目だがかなりガンコとお見受けした。

私は、「鴨の燻製」がすきである。

但馬牛(神戸牛、松坂牛の素牛---但馬原産の牛を買いつけ神戸、松坂で育った牛が神戸牛、松坂牛になるのです)を使ったスモークビーフもある。

一度お試しあれ。ボジョレーヌーボーに合う燻製である。旨くて安全なものはそれなりの価値がある。


2005年10月27日

「かっこ悪い」照明器具が必要!

今、普段は、76歳の老人(実は最初は「老婆」と書いたが、本人に酷く叱責され老人と直した)が一人暮らしの住宅に滞在している。築8年の新しい家である。



彼女曰く、「なぜ、電球交換がこんな難しいように作ってあるの!壁に照明器具を付けてもらえばよかった!」

そうなのである今の家は、かっこよく出来すぎていて、一人暮らしの老人には、電球交換すら出来ないのである。ほとんどの照明器具は、天井にへばりついてるのし、フードのはず仕方は、思いっきり小さい字で書かれている。



結局だれかに頼まないと電球、蛍光灯は交換できない。



年老いた人でも、簡単にメンテができるカッコ悪い照明器具の家が必要である。

照明器具ばかりではない。今後、一人暮らしする老人は増える。すべてがデザインがよく、デジタル的というのはどうか? 液晶のエアコンの温度も見難い。洗濯機、電子レンジ、グリルあらゆる機器の設定は、デジタル表示。

昔の、ダイヤル式のアナログ設定が懐かしい。

でも、人にやさしいのは、アナログ設定である。



ダイアルでどのあたりが、「何度」、「何分」というのは分かりやすい。



住宅メーカ、家電メーカ、設備設計メーカー、何かが間違っていないか?



バリアフリーだけが人にやさしいわけじゃない。