2007年01月04日

あけましておめでとうございます。アナログに近いデジタル

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。


私は、今コウノトリで有名になった兵庫の北部の田舎に住んでいる。
東京からこちらに引っ越して7年目に入る。

東京では先端を追い求めていたが、田舎に帰って家業の保険代理店業で飯を食うはずか、「餅は餅屋で」というわけで今では主な収入の半分がシステム関連になってしまった。

昨年の帰郷6年目にやっと気づいたのが「バージョンアップする度に機能が削減されるアプリ」を提供したいという境地である。
「アプリはシンプルに」こしたことはない。

その意味では、Web2.0ではないが(私の会社はほとんどWebマイナス2.0であるが)、Webサービスで使える機能をシンプルに寄せ集めてユーザ個別のアプリをカスタムメードするのが、良い方法なのかもしれません。

さらに、「究極に機能を絞り込むから」、「だから高いのです」と言い切れるマーケットを形成したいぐらいである。

機能を増やすことばかりを目指していた東京時代を振り返ると、誰でも(失礼な言い方だが、田舎の中小企業でも)使える機能に絞り込むことの方がはるかに難しいと思うようになった。
事実、多くのエンドユーザは自分の使い機能だけでサクサク動作するアプリを求めている。

これから社会に排出される「労働者」はみんな「WordとExcelが使えるからその心配はない」といわれるかも知れないが、「一億総事務職(羊のような従順で事務能力の有能な人々)」に将来の日本の発展はないと思う。

教育基本法も改正(私は決して左翼<もはや死語になりさがったかも>でもないが『改悪』であると確信する)されたが、将来を支えるのはクリエイティブ(工夫の発想を持てる)な人材である。
以前(10数年前)、私の米国の友人が日本に来たとき、イトーヨーカ堂のレジの担当者を見て驚愕していた。彼は、「あの無駄のない動きと価格を打ち込んだ(実際にはすでにバーコードが導入されていたので読み取っているだけ)後にかごに入れるパレタイジング(商品がうまく入るようにいれる)能力は並じゃない」といっていた。与えられた環境下での「工夫力」のある人材が必要なのである。

義務教育は、その「工夫力」のベースを身に付ける場であると信じる。

以前私は、小学生にコンピュータについて教えたことがある。
一応、「学習指導要領」には目を通したが、内容を無視し、簡単なプログラムを教えた。「3分の1+3分の2」というプログラムである。もちろん普通(1/3+2/3)に書くと「0.999999」という答えが表示される。「そうコンピュータは君たちよりバカである」と教えた。
10分もすると「先生、『(1+2)/3』とプログラムすればいいんじゃん」といってくれる児童が出てくる。
私は、技術者の末席にいた人間としてこのような情報教育をしてやりたいと思ってならない。
私は、「インターネットで調べたことも印刷してノートに糊で切り貼りでよい」と言ってきた。しかも、「インターネットで書いてあることを真実と思うな。同じことがいろんなところで書かれているものを採用しろ。さらに本で確認するぐらいがいい」とも言った。
レポートは体裁より、内容である。どうも日本の情報教育は「体裁」(見栄え)の充実を教えている側面があるような気がしてならない。

デジタルな情報を操るのは、高度に発達した究極のアナログであると信じたい。

話が随分飛んだかが、新年の意気込みのつもりである。



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