2006年02月03日

植村直己の郷で初の節分

去年、年末に引っ越した。

実際すみ始めたのは、大雪の1月からである。

場所は、兵庫県北部の豊岡市日高町上郷(かみのごう)である。



そう。

上郷とは、植村直己の生誕地である。

そして、植村が育った上郷の気多神社の節分を体験した。



純白の雪の中の神社である。



神社にはかがり火があり、お酒を酌み交す声が聞こえる。

境内には、献酒があり、大豆を包んだ小さな包みがお供えしてあった。

おそらく、この風景は何十年と変わらないに違いない。



18歳まで同じ日高町で育ち、20数年都会で過ごした。



「東京でどこの生まれですか?」

と聞かれると兵庫の北部です。

「う...冒険家の植村直己の生誕地です」と答えていた。



そして、植村直己の生誕地の借家であるが居を構えた。



もう一度、都会に帰りたいと思う気持ちと、3人の子供をもち、深々と降る雪と淡々とながれる時間を少年時代に経験させることも良いかと思う気持ちにもなってきた。都会にいたとき、自分が中心にいる感覚によっていたような気がする。ここでは、ホリエモンも構造計算問題も遠い世界の話である。



元、技術者として思う。



我々技術者は、どこを向いて仕事をしてきたのだろうか?それは、自明であるが、その向いていたところが、「すべてだ」と誤解していなかっただろうか?



淡々と過ぎ行く「空気」を大事にし、それを甘受かつ享受している人たちがいる。淡々とそしてあきることなく使い続ける「道具」としてのシステムを提供できないのだろうか? 日本の原風景に溶け込むシステム(あらゆる道具)が、この原風景の中で創れないだろうか?



「生活」は都会だけではない。



年を取ったのかもしれない。

だだ、市井の民の技にも、「美」があることを今一度思い出したいものである。日常雑器となりえるこなれた「器」として何を提供すれば良いか模索したいものである。


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